東京高等裁判所 昭和40年(行ケ)36号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決は、本願発明におけるように圧縮機内の圧縮の段階において液体を噴出するか、あるいは、第二引用例のように、作動空間に入る前にガス化された状態で噴出するかは、必要に応じ当業者が適宜取捨選択できる程度のことであるとした点において、判断を誤り、これを前提として本願発明をもつて、第一引用例及び第二引用例から容易に推考できる程度のものであるとの誤つた結論を導いたものであり、違法たるを免れない。すなわち、いずれもその成立に争いのない甲第二号証から第四号証、第七号証及び第九号証に本件弁論の全趣旨を参酌考量すると、本願発明は、前掲本願発明の要旨記載のとおりの構成(それが本件審決認定のとおり、その指摘の二点において、第一引用例及び第二引用例とそれぞれ相違することは、当事者間に争いのないところである。)とくに、液体を噴出する位置を限定した構成をとることにより、原告主張のとおりの作用効果すなわち、気封潤滑の第二引用例と共通の目的のほか、圧縮機の効率を高め、かつ、作動流体の圧縮による温度上昇の防止という第二引用例には期待できない作用効果を奏するものであることを認めうべく、これを左右するに足る適確な証拠はない(前顕甲第九号証によれば、第二引用例のものは、予め作動流体に液体を混入して噴出せしめるものであり、液体噴出の位置は、吸入口の前部にあり、作動流体の圧縮による温度の上昇を防止することを目的とするものでないこと、また、成立に争いのない乙第二号証(甲第十号証)のものは、羽根ローター型の圧縮機であり、羽根先端が筒壁に向けて弾圧せしめられている関係上、作動流体の温度上昇の防止は、潤滑及び気封に必要な液体量に止め置くことを必要とし、したがつて、噴出する液体量が増大すると、かえつて潤滑に障害となり、圧縮機の効率が下がることがその構成上明らかであり、作動流体の圧縮による温度上昇の防止の効果も潤滑及び気封に必要とする範囲内でしか期待し難いものであると認められるから、これらをもつて、右認定を左右するには足りないといわざるをえない。)。しかして、両者の作用効果に叙上のような差異がある以上、これをもつて、当業者の適宜取捨選択しうる範囲の事項とみることができないことはいうまでもない。したがつて、本件審決は、本願発明の奏する特段の作用効果を看過誤認し、前掲相違点(2)に関する判断を誤つたものというほかはない。
(むすび)
三 叙上のとおりであるから、その主張の点に認定ないし判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、爾余の点について判断を用いるまでもなく、理由があるものということができる。よつて、これを認容する。
〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三十二年五月十七日、「ねじ車圧縮機」につき、スウエーデン国に一九五六年(昭和三十一年)五月十七日にした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願をしたところ、昭和三十四年五月二十二日拒絶査定を受けたので、同年十月二十六日、これに対する抗告審判を請求し、同年抗告審判第二、四三八号事件として審理されたが、昭和三十九年十二月十日、「本件抗告審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、昭和四十年一月十三日原告に送達(出訴期間は同年五月十二日まで延期)された。
二 本願発明の要旨
(1) 少なくとも二個の同平面で交叉する孔よりなり、円筒と両端壁を備えた作動空間と低圧と高圧の出入口よりなり、ローターは互いに係合する突部と溝部を備え、雄ローターの突部は少なくともローターのピツチ円の半径上外側にある主要部分と大体凸状の側面を有し、雌ローターの突部は、ローターのピツチ円の半径上内側にある主要部分と大体凹状の側面を有し、両ローターは作動空間の壁と共に山形室を形成し、各々はそこで連通する雄ローターの溝と雌ローターの溝とよりなり、前記山形室の基準端は孔の軸に固定的に交叉する面内で高圧出口部にあり、前記の頂端はローターの回転に伴い前記固定した交叉面に向かつて軸方面に移動し、そのため室の容積が変化するものにおいて、(2)液体が作動空間に向かつてローターの平面の高圧出口と同じ側の二つの交叉する孔の間の交叉線上に位置する開孔を通じて噴出されることを特徴とする弾性流体のためのねじ歯車圧縮機。
三 本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、請求人(原告)は、(1)本願発明は、作動空間に対して液体を噴出する装置を設けているに対し、特公昭三一―三二三四号公報(以下「第一引用例」という。)のものにはこの装置が設けられていない点及び(2)本願発明は、圧縮機内における圧縮の段階において、液体が噴出されるに対し、実公昭九―一一五二六号公報(以下「第二引用例」という。)記載のものは、液体が圧縮機の作動空間内に入る前にガス化された状態で噴出される点において、本願発明は各引用例記載のものと相違する旨主張するが、(1)作動空間に対して液体を噴出せしめて冷却潤滑等をすることは、回転式圧縮機において、本願出願前周知に属することは、たとえば、第二引用例の記載から明らかであり、(2)圧縮機内の圧縮の段階において液体が噴出される点については、液体状で噴霧するか、作動空間に入る前にガス化された状態で噴出するかは、必要に応じて当業者が適宜取捨選択する程度の事柄にすぎないから、本願発明は、各引用例記載のものより容易に推考できる程度のものと認められるので、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条の特許要件を具備しないものである。
四 本件審決を取り消すべき事由
本願発明の要旨、本願発明が第一引用例及び第二引用例記載のものと審判手続において主張した(1)及び(2)の点において相違するほか一致していることは争わないが、本件審決は、右相違点に関し事実の認定ないし判断を誤つたものであり、違法として、取り消されるべきである。すなわち、
(1) 作動空間に対して液体を噴出せしめて冷却潤滑等をすることは、本件審決認定のとおり、歯車式圧縮機においては、本願出願前周知であつたことは争わないが、本願発明のようなねじ歯車式圧縮機においては周知ではない。本願発明の「共動する雌雄ローター」と第二引用例の「二個の同一の共同するローター」とは完全に区別されるべき異型のものであり、これらの基本的に異なるローターを有する圧縮機の型は、完全に異なつた作動特性をもつものであるから、上位概念である回転式圧縮機における周知事項をもつて、その下位概念である本願発明のねじ歯車式圧縮機に妥当するものとすることは誤りである。
(2) 本件審決は、圧縮機内における圧縮段階において液状で噴出するか、作動空間に入る前にガス状で噴出するかは、必要に応じて適宜取捨選択する程度のことであるとするが、本願発明においては、圧縮段階において液状で噴出することにより第二引用例のものとは違つた特段の作用効果を奏するものであり、本件審決が、これを看過し、両者をもつて、当業者の適宜取捨選択の範囲の事項であるとしたのは誤りである。本願発明によれば、液体は、作動空間に、その面積で、直接入れられ、作動流体の入口と連通しないから、作動空間に入る前に作業流体が加熱されることがなく、容量が大きく、効率が高く、さらに、初動の圧縮の起こる作動空間の部分(共動するローターの陸部と溝部間の噛み合い部分)に液体が噴出され、このように、液体が温度の最も高い所、すなわち初動圧縮が起こる所に噴出されることは、最も適当な冷却条件を生じ、圧縮ができるだけ等温変化に近く起こる結果となり、また、圧縮機内の最高温度が低下され、それに伴いローターとケーシングによつて得られる最高温度が低下し、圧縮機の熱による変形を少なくするという利点をもたらす。このことは、圧縮機が第二引用例に示された液体を噴出する圧縮機より、もつと小さい間隙で作用することができ、よりよい効果を得ることができることを意味する。